過去の経験を都合よく勘違いさせる方法

経験する自己と記憶する自己が幸福感を決める話

自分の辛かった体験はどのように記憶されるのでしょうか?

一番辛かった時と終わる時の苦痛が記憶されるようです。

長期にわたって中程度の辛い経験をするよりもどこかで最も辛い経験をしたり、かなり辛い時に急に終わる、といった経験の方が辛い記憶として残ります。

今回はファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)を参考にこうした内容を紹介していきます。

この記事を読むことで過去の経験を自分の都合のいいように変える方法が学べます。

過去の経験を都合よく勘違いさせる方法

辛い経験を辛い経験のまま記憶してしまうと再びチャレンジする気力が湧きません。そのため、辛い経験を辛くなかったように記憶する必要があります。

そんなことできるのか?と思いますよね。

ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンの実験をみていきましょう。

記憶は実際の経験とは関連しない

患者に大腸内視鏡検査を行なった時の苦痛を時間ごとに10段階で計測してもらいました。肛門からカメラを入れて大腸の中を見る非常に辛い検査です。

Aさんは7分後に苦痛がピークに達し8を記録し、すぐに検査が終了しました。Bさんは10分後に苦痛がピークに達し同じく8を記録し、その後も少しの痛みを感じながら22分で終了しました。

この時、Bさんの方が苦痛の総量(実感計測値)が大きいため、検査後に行なった全体の評価でもBさんの方が苦痛を感じたと評価すると予想しました。

しかし、結果は逆になりました。Bさんの方が苦痛の総量が多いにも関わらず、苦痛の程度が少ないという結果になりました。

著者はこの結果を精査し、2つの原則を導き出しました。

記憶を思い出す時の2つの原則

  • ピーク・エンドの法則…記憶に基づく評価はピーク時と終わりの時の苦痛の平均で決まる。
  • 持続時間の無視…検査の持続時間は苦痛の総量の評価にほとんど影響しない。

つまり、患者が苦痛だったと記憶しないようにするためにはピークの苦痛を和らげ、終わる時には徐々に苦痛を軽くして行くのが効果的と言うことになります。

Aさんの場合はピーク時に検査が終了したため強い苦痛の記憶が残ったと考えられます。人は何かを思い出す際には一番辛かったことと終わりの時の記憶を思い出しやすいようです。

実際の経験とは関係ない、というのは面白いですね。「終わりよければ全てよし。」という言葉もこの原則に当てはまっています。

私もこの検査をしたことがあるのですが、痛みがピークの時にすぐに終わりました。とても辛い記憶で2度とやりたくありません。ただ、こんな方法があるなら徐々に終わってくれたらよかったのに、と少し残念です。

この原則は苦痛以外にも当てはまる

このような結果は苦痛の時にだけ当てはまるのではありません。
他の実験では長期休暇の日々の評価と総合的な評価が一致しないと言うことも分かっています。

長期休暇を終えて満足だったかを判断する時には日々の評価の平均ではなく印象的な出来事が休暇の満足度に関係していました。

実際に体験している時と後から思い出す時では必ずしもその時の感情が一致しないようですね。

幸福感も勘違いさせれるのか?

こうしたアプローチは幸福感を測定する時にも有効です。

ただ、幸福感の場合は「ピーク・エンドの法則」や「持続時間の無視」のような単純な原理に落とし込むことができませんでした。

著者は前日のエピソードとその時の感情をインタビューすると言う方法で幸福度を調査した。

その結果、
長いエピソードの方が幸福度に影響していること
その時に注意を向けていること
の2つで感情の状態が決まると言うことが分かりました。

長いエピソードと言うのはポジティブまたはネガティブな感情を感じている時間のことです。その感情を感じている長さが幸福度と相関することがわかりました。

また、注意を向けていることと言うのはその時の状態ではなく、その時行なっていることのことを言います。例えば、渋滞で車が動かない状態でも愛する人と楽しい会話に注意を向けていればポジティブな感情でいられると言うものです。

どうやら幸福感の場合は物質面や精神面があったり、幸福の定義が人それぞれなので測定しにくいという課題があるようです。

幸福度を測定する時の問題点

例えば幸福ですか?と言う質問をされた時に私たちは最近の出来事を思い出して判断してしまいます。新婚であれば幸福ですと答える人が多くなるでしょうし、会社が倒産した直後であれば不幸せですと答えるでしょう。

幸福というのは定義が難しいため扱いやすい判断材料を使うヒューリスティックというバイアスが生じます。そのため、本当に幸せかどうかは判断できません。

他の例を見てみましょう。次の質問について考えてみてください。

ヒューリスティックを使う例

Q;あなたは自分の車にどのぐらい満足していますか?

この答えはすぐに出すことができるでしょう。理由は自分が車に乗って楽しんでいると言う経験をしているからです。では、下記の質問はどうでしょうか?

Q;あなたはどんな時に車についての満足を感じますか?

おそらく答えがすぐに出ないのではないでしょうか?車について満足を感じるのは車のことを考えた時でその時々で車のことについて考えないからです。

いちいち「あ、今車に満足してるな。」と考えませんよね。

最初の質問で満足度について簡単に答えることができたにも関わらず、どんな時に満足するかはなかなか答えられません。
これは最初の質問を「車のことを考えた時にどのぐらい満足しているか?」置き換え、そのことだけに焦点を当てたからです。今までの経験から出した答えではありません。

人はバイアスによって正確な判断ができない

このように人の心理はバイアスによって歪められてしまうことがあります。

しかし、2つの自己のような概念は幸福度を測定するために幾らかの手助けはしてくれそうです。経験したこととその記憶は一致せず、後から振り返った時の記憶が良くなるよう配慮することで幸せに近づくことができます。

まとめ

今回は人の記憶は実際の体験とは異なるという話を紹介しました。

ピーク・エンドの法則と持続時間の無視は様々な場面で役立ちそうですね。

例えば、ディズニーランドやUSJで行列に並ぶのが嫌でもアトラクションで楽しさがピークの時に終わるので後から振り返った時には満足のいく体験をしたと記憶されます。

あんなに並ぶのに行列が絶えない理由はピークエンドの法則と持続時間の無視にあったようです。

何か新しい商品を作る時にも顧客の体験がピークの時に終わるように工夫すると良いかもしれませんね。

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